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ペンギン広場

熱血センセイファイル

大平 喬巳 先生
大平 喬巳 先生
(2011年11月20日)
 「人に教えることを仕事にするとは思っていませんでした。」大平先生の意識を変えたのは大学時代のサークルでした。太鼓や踊り、民謡を合唱曲にして歌うなど、日本の伝統芸能を学ぶサークル。学年が上がるにつれて、後輩たちに技を伝える機会も増えました。「伝えたかったことが伝わった時、私の言った一言でみんなのモチベーションが上がった時、それでサークルのみんなが一つになった時、その瞬間がすごく好きだったんです。」
 そして、「伝えることをしたい。」と選んだ仕事が、臨海セミナーの講師です。「みんなで一つになって何かをやるって、授業にも当てはまるんです。」生徒のモチベーションを上げるテンションの高い授業にはそんな先生の思いが凝縮されています。「塾に入ってよかった。楽しかった。頑張れた。生徒のプラスになることが一番嬉しいです。」
 指導の目標は「社会に出ても恥ずかしくない大人になってほしい。」です。「けじめをつけられるようになろう。」と生徒に話をしています。「今のままではいけないとわかっているけれど、どうしたらいいかわからない。自分を変えたいと思っている生徒に弥生台校に来てほしいです。ここに来て頑張れば、必ず、変われます。」

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久保 郁子 先生
久保 郁子 先生
(2011年6月26日)
 「人が経験したことのないことをしたい。」 久保先生は日本の大学で海洋学を学んだ後、さらに生物学を学ぶためにカナダの大学に留学しました。そこでは、講義も実験も全て英語。生活では困らなくても、実験の時は何もわからず、ペアを組む学生のお荷物になっていました。「私はのんきなので、ふだん苦しいとかたいへんだとか思わないんですが、この時は頑張ることを知りました。」そして、壁を乗り越えることで、自分は変われることを知りました。
 帰国後、臨海セレクトの講師となった久保先生。不得意科目があったり、勉強の仕方で悩んでいる生徒には学習するきっかけを見つけることも大切です。「私も子どものころ塾に行きましたが、頑張ることの大切さがわかりませんでした。みんなそうだと思うんです。塾に来て、入試を通じて頑張ることや、自分に可能性があることを見つけてほしいと常々思っています。」
 生徒の点数が上がった時、入試の時、節目節目に講師をやっていてよかったと一生この仕事を続けていきたいと考えている久保先生。「入試の結果を待つ時は、1月から休みなしで一生懸命にやっていた生徒の姿が走馬灯のように思い出され、感動してしまいます。毎年どこかで泣いています。」

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末田 直浩 先生
末田 直浩 先生
(2011年3月21日)
 大きな体から発する大きな声。末田先生はいつも迫力満点の授業で生徒を引っ張っています。自分の周囲に教師をされている方が多かったこともあり、中学生の頃から教師になりたいと考えていました。その夢を実現させるべく、大学では教職課程を履修し、教育実習にも行きました。「生徒のことをどれだけ考えることができるか。ハートのある先生になりたかったんです。」そして、得意な子はもっと得意に、苦手な子でもできるようにする、それができる塾講師の道を選びました。
 座右の銘は「情熱なき講師は去れ」。今はどの臨海セミナーの教室にも見られるこのスローガンを「最初に教室に貼ったのは私です」と言い切ります。
 「生徒は一人ひとり違います。毎日は会わない生徒を知るためにアンテナを張り巡らし、目の動きや顔の表情を読んで、ほめる、認める、励ます。私がかけた一声が、どれくらい生徒の気持ちに届いたか、家に帰っても日々反省しています。」
 生徒の10年20年先まで考えて、一生懸命になることが臨海セミナーと考える末田先生。「学力だけでなく、モチベーションを上げ、目的意識を与えていくのも我々の仕事と考えています。」授業で使うテキストの裏表紙には「すべては生徒の笑顔のために」と太マジックで書かれています。その文字が薄くかすれた頃、合格のうれしい知らせと生徒の笑顔が届きます。

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澤口 松嗣 先生
澤口 松嗣 先生
(2010年11月21日)
 「私は中高校生の時、決して優等生ではありませんでした。だから、今、生徒たちができない問題も、苦手とする部分も、一番理解していると思います。」澤口先生自身も中学生時代は臨海セミナーの生徒でした。そして、教室でも先生を困らせてしまう存在だったと当時を振り返ります。そんな自分を変えようと、中学3年生から始めたボクシング。どんな時も絶対に自分自身から逃げてはいけないことをとことん学びました。
 大学時代は広く世界に目を向け、積極的に学びました。「それまではあまり勉強していた方ではなかったので、大学では勉強が面白くてしようがありませんでした。授業は一番前の席に座り、いつも教授の近くにいて、質問したり、個別に話してもらったりしていました。インドやネパールに一人旅もしました。」そして、そこで得た広い視野と何事も受け入れられる大きな世界観が、今の澤口先生の考え方の原点になっています。
 ここに通ってくれる生徒たち全員に満足してもらえる校舎にしていきたい。「進路や勉強の仕方など、親子で考え方が合わなかったり、お互いに言いにくいこともあったりします。そんな時はどんどん私に言ってください。納得のいく方法を一緒に考えましょう。」

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田中勝先生
田中 勝 先生
(2010年6月27日)
 子供の頃、近くの子どもたちに自転車の乗り方を教えていた姿を見て、「ほめるのが上手ね」と母に言われたこと。田中先生が講師という仕事を選んだ理由の一つです。大学では教職科目も学び、教員免許も取りました。そして臨海セミナーの講師という道を選んだのは、人と人の関わりの楽しさを感じたからでした。
 「成績を上げるためには、学習習慣をつけなければなりません。それには勉強が楽しくなること。そして、ほめてあげることが大切です。」
 ほめることを重視しているのは、小学生の頃、陸上競技大会のハードル走で思い切り転んだ時、それでもがんばりをほめてくれた先生の言葉が、今でも田中先生のエネルギーになっているからです。
 戸塚東校には多くの小学生、中学生が学びます。多くの生徒の希望を実現させるその責任の大きさも実感しています。「大人には常識があっても、小中学生にとって初めて学ぶことかも知れません。大人の視点から子どもたちの視点に変え、伝えなければならないと思います。」学習や進学への心配や不安があれば、いつでも相談に来てほしいと考える毎日。「生徒にはいろいろな壁があるかと思いますが、それを私たちと一緒に何とか乗り越えていきましょう。それが必ず、将来につながりますから。」

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山崎龍先生
山崎 龍 先生
(2010年3月21日)
 「熱血先生ではないですよ」と静かに語る山崎先生。今年も多くの東大合格者を輩出した東大プロジェクトの若き牽引者です。技術者を目指して大学院に進みながら、やりがいのある仕事を求めて臨海セミナーの講師に転身、多くの経験を積んで来ました。
 「東大は研究分野やテーマも豊富で設備も整い、また、企業との連携も強く、研究資金も潤沢です。過去問を見ても難しいだけでなく、テーマ性の強い、よい問題ばかりです。最難関という理由以外にも、狙う価値があります。」横浜校とあざみ野校の東大プロジェクトは東大を目指す生徒一人ひとりについて各科目の担当講師がチームになって指導します。「受験科目が多いために科目バランスが重要です。講師間で一人ひとりの生徒の指導法について会議して、どこで点数を伸ばすか、最も伸ばしやすいのはどこかを、科目だけでなく単元のレベルまで考え、生徒と一緒に学習計画を立てます。」その指導が合格者を生んできました。
 「自分が学生の頃、淡々とした授業の中で学んでいるうちに、その科目や授業に興味がわいてくる数学や物理の先生に出会いました。静かな語り口の中に、圧倒的な説得力と内に秘めた自信や情熱を感じ、とても憧れていました。臨海セミナーではちょっと珍しいタイプかもしれませんが、自分もそんな先生をになりたいと思っています。東大クラスの生徒たちは大人なので、受け入れてくれるかな。」周囲からも一目置かれるテキスト作りに傾ける情熱と丁寧な指導。先生のうちに秘めた情熱が東大プロジェクトです。

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佐々木裕之先生
佐々木 裕之 先生
(2009年11月22日)
 臨海セミナー六ッ川校室長の佐々木先生。大学卒業時は他業種への就職が決まっていながら、夢を追い求めて臨海セミナーの講師へ進路を転換しました。
 「中学・高校では、学級委員や生徒会の副会長をしていたこともあり、人に決められたことに乗ることよりも、自分で物事を決めて周りを動かしていくことが好きでした。だいぶ迷いましたが、やはり先生として一人ひとりの子どもたちの身になり一緒に考えて、得意分野を伸ばしてあげ、苦手分野を解決してあげる仕事に、より魅力を感じてしまいました。」
 現在、臨海セミナーの室長として勤務していて、誇れることはなんですか。
 「塾によっては講師ここに指導方法が任されており、それでは科目や指導単元にムラができてしまい、総合的な得点力アップにはつながりにくいのですが、臨海セミナーの指導方法は、本部の教科指導の下、生徒全員が効率的に成績を上げられるようになっていますので、安心してついてきてほしいです。」
 佐々木先生の特技はボウリングで、高校時代には全国大会出場の経験もあります。
 「勝負どころの集中力には自信があります。部活を頑張る生徒さんの気持ちもわかりますので、部活も応援しています。」
 「今は、目の前の生徒さんを精一杯指導しつつ、閣下として自分を目指して先生になりたい、という生徒さんが出てきてくれたら、すごくうれしいですね。」
 生徒の志望校合格と自らの成長のために、「日々勉強中」です。

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近藤洋平先生
近藤 洋平 先生
(2009年6月29日)
 「目標がある子。目標に届かない子。目標がまだ決まっていない子。すべての生徒に、将来の夢が実現できるように、役に立ちたい。」
そんな熱い想いから講師の仕事を選んだ近藤先生。久里浜校の室長として初めて臨んだ平成21年入試では130名の中3生の指導にあたりました。
 「県立横須賀高校合格者の実績で、地域ナンバーワンになることができました。臨海セミナーは神奈川県全体にネットワークがあるので、他の高校の独自問題のデータなども含めて、総合的に分析、指導ができます。今回はそのスケールメリットを実感しました。」
 スポーツ観戦が趣味の近藤先生。
協議も野球、サッカー、柔道、陸上、モータースポーツとさまざま。スポーツバーでみんなと応援したり、一人リラックスしながら観戦する時もあります。
 「技術もそですが、監督やコーチの戦略や選手に対するコーチングがすごく勉強になります。受験も勝たなければなりません。生徒たちは短くてもこの1年間、私たちと一緒に戦わなければなりません。その中で生徒たちや久里浜校のスタッフがどんな気持ちでいるのか、どう乗り切るかを考える時に、コーチングがいろいろなヒントを与えてくれます。」
350人の生徒と接することが、今、近藤先生の一番の幸せです。
 「夏期講習も熱い授業をします。みんなでワイワイ勉強しましょう。」

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渡辺直也先生
渡辺 直也 先生
(2009年3月22日)
 「ラート先生」と生徒に呼ばれる渡辺先生。
その理由は先生がかつてラートで全日本1位、世界で6位という成績を挙げた選手だからです。
ラートは日本ではあまり知られていませんが、2本の鉄の輪を平行につないだ器具を使ってさまざまな体操を行なうドイツ生まれのスポーツです。大学入学直後、体育館で行われていたこの不思議なスポーツ、ラートに出会い、それからの人生が大きく変わりました。
 「運動は好きでしたが苦手でした。自分に自信が持てず、引っ込み思案な部分もありました。」
そんな渡辺先生が始めたラートはメキメキと腕を上げ、日本でトップクラスの選手に成長。競技人口が少ないこともあり、北海道から沖縄まで訪ねて、幅広い年代の人々にラートを教えました。
 「次第に競技会でも声を掛けられるようになり、人と話すことが楽しくなりました。人に接する仕事をしたいと考えたのも、それがあったからです」と、渡辺先生は振り返ります。
 ”一生懸命やったことが結果を生み、自信につながる。”
そのことを授業や生徒指導で必死に伝えようとしています。
 「チャンス&チャレンジ。 新学期は自分の気持ちを切り替えるのにちょうどいいタイミングです。 自分の将来に向かって新しいスタートを切ってください」と、皆さんにエールを送ります。

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松岡慎吾先生
松岡 慎吾 先生
(2008年11月23日)
 11月、受験を控えた中学3年生はそろそろ志望校を絞らなくてはいけない時期を迎えました。
 松岡先生が志望する高校を決めたのは、小学6年生の時、『僕は◎◎高校に合格します』と、姉の合格した高校より難しい高校に受かると親戚中に公言してしまいました。公言したものの、中学1年から3年の夏まで野球と勉強を両立させながら必死に頑張りましたが、気づいたら模擬試験で目標校に遥かに遠い500点満点の284点、目標校にはまだまだ努力が必要でした。
それから約半年間ひたすら頑張って、見事に目標の高校に合格しました。 その時の思いが、今も松岡先生の指導に生きています。
 「勉強させられているという気持ちのうちはまだまだダメです。自分で決めた道でないと、長続きしません。だから、自分の意志で、目標を持って、勉強してほしいのです。そのためにも生徒の気持ちを尊重しています。」
生徒が自分で目標をつかまえて、自然体で学習に取り込むこと。
これこそが松岡先生の理想です。 鷺沼校の開設とともに室長となって3年目。 生徒に接している時がいちばん楽しいという松岡先生。
 「点数だけが目標ではありません。遊びでも、勉強でも、努力を惜しまない生徒になってほしいと思います。それが必ず結果につながっていきますから。」
冬期講習を目前にした今、ラストスパートに入る生徒たち。
 「最後の最後まであきらめないで、頑張ってほしいと思います。その先にきっと喜びの涙があるはずです。」

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梅村透先生
梅村 透 先生
(2008年6月29日)
 学級崩壊の話や指導者としての責任の重さを知って、「先生になるのは大変だ。」と、それまで考えていた梅村先生が先生になりたいと思ったのは高校2年生のときでした。
 「妹に勉強を教えていた機会が多くて、教えたことが理解された時やテストでいい点数を取ってきた時に、人に教えることの楽しさを知りました。」と語る梅村先生。
ちょうど進路を決める時期でもあり、それまでの理系から一転して、大学では英語を学びながら、教員免許を取得し、今では臨海セミナーの教壇に立っています。 そんな先生が講師になってよかったと感じるのが、生徒たちが何らかの結果を出した時です。
 「志望校の合格はもちろんですが、例えば、漢字テストでクラス全員が満点を取れたりすると、それだけでうれしいです。その積み重ねの先に、定期テストや入試があるのですから。」
伊勢原校の室長になってから約1年。
 「今年の合格発表が一番うれしかったです。」と語る梅村先生。
 「伊勢原校が公立トップ校33名合格という素晴らしい結果を残せたかからという理由もありますが、それよりも室長になって、今まで以上に生徒一人ひとりに対する思い入れが強くなったからです。
臨海セミナーに通ってよかったと思えるようにしたい。卒業しても顔を見せにきてくれる、そんな臨海セミナーにしたい。」と梅村先生は考えています。

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岩下貴一先生
岩下 貴一 先生
(2008年3月23日)
 岩下先生がこの仕事を選んだのは、中学、高校時代の二人の恩師の影響と言います。
 「中学の時の先生は2・3年の時の国語の先生で、非常に熱く説得力のある授業をされる先生でした。高校の時の先生はやはり経験豊富な地理の先生でした。授業中によく人生論を聞かせてくれて、休み時間も 話を聞きにいっていました。」
岩下先生が大学の文学部に進んだのもこの二人の先生の影響が強く、今でも理想の先生として尊敬をしています。
  先生が室長を務める鹿島田校のモットーは「さわやかに、そして、けじめを持って。」 「人間、休むべき時も必要、でも、やるべき時を見失わないことが大切。」そのことを鹿島田校のスタッフに徹底しています。
鹿島田校でも他の校舎同様にどんどん生徒が増えていますが、生徒一人ひとりに目を向けて、たとえその生徒の担当でなくても理解の状況や成績を把握し、さらに信頼されるように努めています。尊敬する先生から学んだことをどう生徒たちに伝えていくか、いつも模索しています。
また、生徒たちに慕われるのは、やはり授業のうまい先生です。尊敬する二人の先生を目指して、授業に磨きをかけています。

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林貴博先生
林 貴博 先生
(2007年11月25日)
 一見スマートで、知的なイメージの林先生。
そのルックスからは想像できないほどの熱い思いを秘めています。
 「子どもの頃から教えることが好きで、どうしても夢が捨てきれず、講師の道を選びました。」
小学校2年生とき泳げなかったのが、体育の先生に教えてもらって、水泳は学校でトップになりました。そんな先生の印象が忘れられず、先生という仕事への夢を常に自分の中に育んでいました。 中学時代はクラスメイトを集めて、定期テストの前になる出題予想をしていたというから驚きです。そして、その予想がよく当たるものだから、最後には先生から「やめなさい」と言われるまでになりました。
  「相当な負けず嫌い」と自己分析する林先生。それが熱い授業、熱い生徒指導のエネルギーになっているようです。
「生徒のみんなももっと負けず嫌いになってほしいと思います。私たちの指導は単に生徒の成績を上げるだけでなく、人生を変えてしまうことにもなるので、講師陣も休日返上で指導に励んでいます。生徒たちもだんだんわかってくれてきたようです。」
  林先生の目標は生徒の元気と先生のやる気で臨海セミナーを「全国一の塾」にすること。
「そのためにも、みんなに頑張ってほしいんです。横浜校は、横浜駅のすぐ近くにある教室です。 情熱ある指導は誰にも負けない!それを合言葉に講師全員、日々の授業を行っています。 生徒の皆さん、共に頑張りましょう!」

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川口龍先生
川口 龍 先生
(2007年3月22日)
 小学生のときは小学校の先生、中学入学時は中学校の先生になりたかった、と当時を振り返る川口先生。
その先生が塾講師を志すようになったのは、中学2年生のときのことでした。
 「テストでいい点数が取れずに、進学塾に通うことになりました。塾では、こうすれば速いとかこうすれば点が取れるとか、学校では教えてくれないことをいろいろ教えてもらえました。」
 中学校で二番手校すら危ないといわれた高校受験も、見事トップ校に合格することができました。
そのときから塾講師に憧れるようになりました。そして、川口先生の人生も少しずつ変わっていきました。
 「それまで人前に出ることが苦手でしたが、高校生になってから学級委員になったり、積極的に人前に出るようになりました。」
 憧れていた塾講師になり、今では、溝の口校の室長として、多くの生徒たちを引っ張っています。
 「室長として、最後は溝の口校の全責任を自分が負わなければならないと思っています。だから、溝の口校でいちばん厳しくしなくてはならないし、一番褒めなくてはいけません。臨海セミナーがどんな塾にも負けない、一番いい塾と思ってもらえるように努力しなければならないと思っています。」
 生徒たちの努力のカタチを心から褒めてあげられるときが、一番うれしいし、自分の励みにもなりますと、語る川口先生。 そんな気持ちが熱血授業から伝わってきます。

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出光進先生
出光 進 先生
(2006年3月23日)
 もともと教師にあこがれていた出光先生。
 「高校1年のときの数学の先生のことが印象に残っています。中学のとき苦手だった数学も、生徒のわからないところをわかってくれる授業だったので、とてもわかりやすく、数学が好きになりました」。
いま、授業中、理解できた生徒の目が輝いたとき、その先生の姿とダブらせて、講師という仕事を選んだ喜びを感じます。
 「塾に来てもらっているのだから、成績をあげなければなりません。そこには講師と生徒の信頼関係が大切ですし、自分の気持ちをしっかり伝えなければなりません」。
計画を立てて、毎日、塾の宿題以外に自分の勉強を見つけて欲しいというのが、生徒に対する願いです。
 中学時代は野球部で頑張ってきた出光先生。
 「朝練をやって、授業を受けて、放課後に部活。生徒たちもきっと疲れています。生半可な授業では生徒たちにこちらの気持ちが伝わっていきません」。 だからこそ、どの先生にも負けない情熱があふれ出してくるのです。
 「生徒たちには、どうして勉強するのかを考えて欲しいです」。
勉強には特効薬はありません。コツコツと自分の時間をつくって勉強することが大切だと先生は考えます。
 「三年間、一緒にやっていくのだから、一つでも上の高校にいけるように頑張っていきましょう」。

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藤井知彦先生
藤井 知彦 先生
(2005年6月26日)
 難関私立高校を目指す生徒たちに数学の指導をする藤井先生。
 「問題を読んだときに手を止めないで欲しい。計算したり、図形に記号を記入したり、手を動かし ていれば必ず答えが見えてくるはずです。」
藤井先生の授業には『藤井の格言』といわれる解き方を要約したりリズミカルなフレーズや公式や、解き方を学んだ順にまとめていった『知識の泉』と呼ばれる小さなノートなど、独自の工夫があります。
 「まず、生徒たちに自分を好きになってもらうことが大切だと思います。好きになってもらえなければ、生徒たちも数学を好きになれませんから。」
先生自身が高校受験で経験した塾の楽しさや塾の先生への尊敬の気持ちを、生徒たちに伝えようと頑張っています。
 「合格に必要なのは志望校に絶対に受かりたいという気持ちです。その気持ちがあれば、自ずと勉強をするようになります。」
藤井先生はその気持ちを忘れないように、いつも生徒たちに気合いを入れています。
 「生徒たちの記憶に残る先生になりたいと思っています。自分を見て、塾の先生になりたいと思う生徒が出るようになれば、うれしいですね。」  
講師になって5年目。
経験を着実に積みながらも、講師にはじめてなったときの熱意とフレッシュさが変わらないのが、藤井先生の持ち味です。

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関田正仁先生
関田 正仁 先生
(2005年3月23日)
 教室から歯切れのいい授業が聞こえてきます。
湘南深沢校の室長、関田正仁先生(北海道出身)の授業です。
大きな夢を抱いて中央大学法学部政治学科に入学。 在学中に始めた家庭教師という仕事を通じて小・中学生に「勉強を教える」ということの楽しさを知りました。
 「人に勉強を教える仕事には、長年抱えていた夢以上の価値がある!」と感じ、臨海セミナーの講師になりました。
 「今、振り返ってみると、生まれてからずっと、人に教わるよよりも教えるのが好きだったようです。
臨海セミナーに入って、そのことを確信しました。特に、最初の卒業生を出したときには『天職だ!』と強く感じました。」
 「わからない問題が解けた」「成績が上がった」「塾に来るのが楽しい」などと生徒が言ってきてくれるときに、関田先生は指導することの喜びを感じると言います。
 「新人の頃は自分の気持ちをぶつけ過ぎたところがありました。その後は少し生徒に迎合し過ぎたかもしれません。そして、ここ数年間は周囲の状況を判断して指導できるようになりました。」
気持先行型と自負する関田先生も経験とともにバランスの取れた指導を深めています。
関田先生は「熱い先生と言われ続けたい! 今は、すべての生徒、すべての保護者の方から『熱心な先生』と言われていますが、今だけでなくこれからもずっと生徒を思う気持ちだけは絶対に誰にも負けないと決めています!」 と熱く語っています。
どんなときにも生徒を全力で支えていかなければならない室長職こそが関田先生の『天職』だと感じました。

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